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愛と誠

こっのクソ暑い中わたくしが読んだマンガは『愛と誠』

暑苦しいったらありゃしない。

70年代、梶原一騎ながやす巧の名作であります。

 

当時私はまだ小さかった。

「キャンディキャンディ」を読んでいた私は「愛と誠」は子供が触れてはならないものと勝手に認識。

(キャンディキャンディも激しいのよ)

小学生になると「愛と誠」を学校に持ち込む輩も出てきてちらちらと横から覗き見、なぜか記憶にあったのは最初の出会いの場面とラストシーン。

この二つを頼りに35年を経て手に取ることとなった。

もぅいいだろう、十分大人なんだから。

 

しかしなんすか、このマンガ。

ケンカばっかりじゃない。

まるで不毛のケンカを繰り返す奴ら。

無駄にエネルギーがあるのか、いや無駄なんてもんじゃない。

マンガとはいえ当時の10代には凄まじいエネルギーがあったのだ。

そんな時代に『愛と誠」は人気を博した。

 

なんで?

高校生なのにありえない展開。

ケンカにリンチに組関係に右翼に警察まで登場。

とにかく早乙女愛と太賀誠の二人の物語がとんでもない方向へと人々を巻き込んでいくのだ。

なんでこんなことしてんのよ、アホらしいと思いつつ、マンガを読むのをやめることができない。

えぇ、それがマンガよ。

 

まず太賀誠がよく掴めない。

混乱しているとしか思えない。

そして早乙女愛の「愛」

まるで聖母のような他者愛、しかし誠に対してだけではなくそれがもうすべての人間に派生してもう博愛。

誠の暴れっぷりが全てを引っ掻き回しているというより、愛の動きの方に混乱を招く要素があったような、なかったような。

 

若干15や16歳の早乙女愛がなぜこのような激情愛に走ったのか。

思えば、ロミオとジュリエットのジュリエットはやはり15か16歳のはず。

彼会いたさに放火の罪で火刑に処された八百屋お七の満年齢は14歳。

お七は有名になり井原西鶴が演出し浄瑠璃や歌舞伎での題材にもなった。

演出ネタであろうが、お七が惚れた寺小姓に会いにいく時、近くで寝ていたやつらがそっと紙を差し出したって話があるくらい。

ティッシュペーパー。

まぁそういうことよ。

そして、竹久夢二伊藤晴雨など数々の絵描きが惚れ込んだモデルお葉は13歳。

その魅力が創作意欲をかき立て、14歳の時にはすでに立派な愛人だったそうだ。

 

うむ。

また私の悪いところ。

2次元と3次元をごっちゃにしてしまったのだが、いずれ誠の激しさよりも愛の愛情の激しさの方が遥かに勝っていたとそういうわけだ。

 

ちょっとネットで調べてみたら CR愛と誠なんてのもあったんですねぇ。

あははは。

 

とにかく名作の多くがそうであるようにこのマンガのラストも消化不良。

だから後を引く。

もうため息だよ。

はぅ................。

愛と誠(1) (講談社漫画文庫)

愛と誠(1) (講談社漫画文庫)