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全思考

はっきり言おう。

あたしは北野映画がわからない。

確か最初の作品からずいぶん観ているはずである。ギャング映画が多かった。

中には少しいいなと思う作品もあったが、どうにもあの「暴力」がわからないのである。

 

80年代ツービートが王座にいた頃、あたしはビートたけしが嫌いだった。

カンサイの洋服はまぁ良しとしよう。

しかしあの髪型。どうも苦手だった。

向こうににすればしてやったりだろう。

 

それから数年たちあたしは「たけし」の本を読むようになり、現在まで何冊か読んでいる。

今回読んだのは「全思考 北野武

生死、教育、関係、作法、映画と5つの章からなっている。

教育、関係、作法は、大人の子供たちに対する影響などを昭和と現在の社会のありようを絡めながら書かれている。

映画は北野氏が今一番はまっている分野。

 

そして、あたしが一番興味を持って読んだのは生死の章であった。

彼は若い頃から死に対する異常な恐怖を持っていたそうだ。

あの事故後、生きることに興味がなくなっても(生に執着しなくなったという意味だと思うが)死に対する精神的な恐怖は消えなかったらしい。

 

そこでふと思う。

北野映画の数々の「暴力」は彼の「死」への恐怖なのではないか。

そしてその暴力シーンを淡々と表現することで死への恐怖を和らげようと・・・または何かを掴もうと思っているのではないかと。

まぁあたしの勝手な思い込みではありますけど・・・。

 

彼は言っている。

自分の能力だけで、その迷いから(死への恐怖から)抜け出せる人間なんて、ほんの一握りだと。

 

監督・ばんざい!」を観た。

彼はもうギャング映画は撮らないと宣言していた。

そしてこれから撮ってみたらどうかと思う企画を次々に表現していく。

恋愛映画、チャンバラ映画、昭和三十年代風など。

これはお笑いですよね、北野さん。

 

玉袋筋太郎とナンシー関

二人は北野武に憧れ、仕事をしてきた。

一人は弟子にそしてもう一人は消しゴム版画家となり、晩年彼女は相手が「たけし」であっても怯まないと語ったそうだ。

あぁ・・しかしまだあたしは北野映画がわからない。

彼にすれば未だ、してやったり。

もしこの先何年後かにあたしが北野映画を理解できる日が来たとき・・・それはなんだか悔しいな。

そしてまた彼の思う壺だ。

全思考 (幻冬舎文庫)

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