みみずくは黄昏に飛びたつ

暑さに弱い暇人は夏になると籠るようになる。

さて私が最近何をしているかというと、ゲームだ。

そんなのどうでもいいというような声が聞こえてきそうだが、夏場はやっぱりゲームなのさ。

パズルゲームレイトン教授シリーズの新作が出そうだというので(もう出た)その前にと、中古を買ってきていそいそと始めていた。

ゲームは普段しないのでほとんどが中古。

本も中古だったり図書館利用することが多い。

特に本に関してはいつも楽しませてもらっているから、作家さんにちゃんとお金が入るようにと、思っていることはいるんだけど・・・。

 

「みみずくは黄昏に飛びたつ 川上未映子 村上春樹

 

みみずくは黄昏に飛びたつ

みみずくは黄昏に飛びたつ

 

 

私はハルキストではない。

彼の小説で一番よくわからなかったのは「ノルウェイの森

以前、炎上覚悟でブログにノルウェイは面白くないと書いたのだが、コメントで「ハルキストはノルウェイが一押しではないよ」というお言葉をいただいたことがある。

なりほど。

何作かは読んでいるので、彼の不思議な世界観を楽しんでいることは確かだ。

今作は、芥川賞作家の川上未映子の質問に春樹が語るという形をとっている。

川上未映子の小説もまた好きというわけではないが、彼女の「六つの星星」という対談集がこれまた良い。

 

六つの星星

六つの星星

 

 

対談の相手は精神分析家だったり、生物学者だったり、哲学者だったりするのだが、彼女の質問の仕方に只者じゃない感を覚える。

 

さて、このみみずくという本だが、これで村上春樹はいろいろなことを語っている。

あぁ、この人はこうやって小説を描いているのかと本当に知り得る本だと思う。

周りがどんなに深読みをしようと作家ってそれほど感じていないのねっていう。

でもこんな部分はすごく手を入れているのねっていう。

 

春樹にとってはユングがどう言おうが、一般解釈がどうだろうが彼の「エゴ」や「セルフ」は彼にとっての意味であり、語彙としての本当の意味なんかどうでもいいらしい。

春樹の「エゴ」であり「セルフ」なのだ。

なんて、自由なの。

いずれ皆、緻密に井戸を掘り続ける村上春樹デヴィッド・リンチの後を追う。

自分では井戸を掘れないので、掘っている彼らの後を追う。

で、なんかかんか(なにかしら)勝手にいうんだよね。

あは、私もだよ。

 

さーてと、ツインピークスリターンズ観よーっと。

チベット死者の書

チベット死者の書

チベット死者の書―仏典に秘められた死と転生 (NHKスペシャル)

チベット死者の書―仏典に秘められた死と転生 (NHKスペシャル)

 

 

この本が随分流行った頃がありましたが、ふぅ〜、もう25年近く前になるんですね。

本棚で随分眠っていたものです。

 

チベット死者の書とは、チベット仏教で死を迎える病床の人間に、臨終から49日まで枕元で僧が唱える経典のこと。

死を迎えた人間が、もう輪廻をしないよう、この苦しい世に再誕しないように導く書なんだけど、それでも迷いそうになる人間に何度かに渡り、そっち行っちゃダメだよと枝分かれの際に教えてくれるってものなんです。

 

これはNHK出版の本で当時のテレビ番組の書籍化なので、チベットの実際の葬儀や風習なども載っています。

ダライラマのインタビューなんかもあるけどね。

 

死を迎えるための書の中にキュプラーロスの「死ぬ瞬間」がありますが、

 

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)

死ぬ瞬間―死とその過程について (中公文庫)

 

 

これは、死を宣言されてからの意識の変容を書いたものです。

というか、心の有りようかな。

自分が死ぬなんて!という驚きから需要までの心の過程が書かれているので、実際亡くなってからのこの死者の書とはまた違う。

前者は死ぬ前用、後者は死んでから用。

 

さてと、じゃぁこのチベット死者の書には何が書かれているのかといえば、死んでから49日の間に人間に何が起こるのかが書いてある。

それはもう、おっかない(笑)

閻魔連中もおっかないけれど、仏連中もおっかない。

嫌だわー、怖いわー(笑)

 

これはもう少し調べてみる必要がありそうなので、別な本も読んでみようと思っております。

続編、あるかも。

人生を半分あきらめて生きる

昨日WOWOWでXJAPANのライヴを放送していた。

何気なく見ていたのだが、どうしてもTHE ALFEEに見える。

桜井が歌い高見沢が演奏しているところへ、今にも坂崎がどーもどーもと入ってきそうだ。

ファンに怒られるって?

さて、どちらのファンに怒られるかな。

 

「人生を半分あきらめて生きる 諸富祥彦」 

人生を半分あきらめて生きる (幻冬舎新書)

人生を半分あきらめて生きる (幻冬舎新書)

 

 

トランスパーソナル心理学とは、比較的新しい潮流で 第4の心理学と呼ばれる。

宗教であるとかスピリチュアル傾向が強く、心理学の世界では賛否が分かれている。

 

で、この先生はここの学会長であり明治大学の教授、そして臨床の世界では最も有名なカウンセラーなのである。

 

現代は仕事、結婚、老後と普通の人生を歩むことが難しい社会だ。

諸富先生は言う。

 

大震災や国家の財政破綻などで明日はわからない。

選択肢はたくさんあるが、自己で責任を取らされる。

婚活をしても理想的な結婚とは程遠い「無力社会」「縮小社会」だと。

 

暗い。

暗すぎる。

ここに幸せになれそうにない文章が並んでいるから暗いのではなく、

なんなんだろ。

こう考えることしかできない社会が、暗い。

理想の仕事についたところで働きづめの毎日。

結婚したところでそれが幸せかどうかなんてわからない。

幸せってなんなんだろ。

そんな言葉に騙されるな。

 

確かに仏教ではあきらめることを「明らかに見る」と表現する。

でも、これは何かをしぼませることじゃない。

で、お決まりででてくるのがフランクルなんだな。

ここ最近読んでいる本で、最後に引用でフランクルを持ってくるものが多い気がする。

自分がそういう本を選んでいるのかもしれないけど。

 

頑張りすぎてる現代人に頑張れいうつもりもないけれど、

結局頑張るしかないのかもなぁと思う、昨今。

 

頑張るって、ねぇ、なんだと思う?

力を入れることだけじゃないよ。